小鳥のおうち
たろうおじさんは、村で製材所を営んでいます。毎日毎日、工場でひばの木をギーッ、ギーッ、バタンバタタン、ウィーン、ウィーン。
たろうおじさんは、ひばの木で色々なものを作ります。テーブルやイス、ランプ、まないた、おはし。もちろんおもちゃも作ります。
ある冬の夜でした。たろうおじさんが薪ストーブにあたりながら、奥さんのせつこおばさんとお茶を飲んでいました。その時、たろうおじさんは小さな「コツコツコツ」という音を聞きました。
「何の音だろう?」とたろうおじさんは不思議に思いました。「ただの北風の音かな?」ところが、もう一度「コツコツコツ」と窓の方から聞こえました。
たろうおじさんが窓を開けてみても何も見えません。「やっぱりただの北風かな」たろうおじさんは窓を閉めながら言いました。
すると「たろうさん、たろうさん。こんばんは。」と小さくきれいな声が窓わくのところから聞こえて来ました。たろうおじさんがよく見ると、窓わくに小さな小さな小鳥が、そっと、とまっていました。
「おまえかい?コツコツコツと窓を叩いたのは?」随分小さな小鳥だな、と思いながらたろうおじさんは小鳥に尋ねました。「はい、そうです。私です。」小鳥はまた小さくきれいな声で答えました。
「ワイに何か用かい?」
「はい。実は、たろうさんにお願いがあって伺いました。」
「お願い?」
「はい。私、いつもたろうさんたちが働くのを工場の近くの柿の木から見ていました。そして、たろうさんが色んなものをひばの木から素敵に作っているのを見ていました。…あのう、私のために家を作ってくれませんか?」
「家?お前が住む家かい?」たろうさんは驚いて聞き返しました。今まで色んな注文を受けて色んなものを作って来たけれど、小鳥のために家を造ったことは、さすがのたろうおじさんも一度もありませんでした。
「うーん、小鳥のための家かあ…うーん…。」たろうおじさんは唸りました。
小鳥は少し悲しそうに言いました。
「実は私、見てのとおり、他の仲間の小鳥達よりもうんと小さいんです。それでいつも仲間たちにからかわれます。
家だって、みんなのように丸い巣をすすきとすすきの間に作ろうとしたんですが、あんまり小さくてすぐ風に飛ばされたり、雨や雪が降ったらすぐに壊れてしまうんです。
仲間たちからは『おまえの巣はだめだなあ』といつも笑われてしまうんです。
それで私、考えました。
そうだ、誰かに丈夫で住みやすい家を作ってもらおうって。私、いつもたろうさんがとても上手に色んなものを作るのを見ていましたから、たろうさんにお願いしてみようって思いました。」
たろうおじさんはもう一度小鳥をよく見ました。なるほど、小鳥の言うように、他の小鳥たちよりも小さな小さな小鳥でした。
「私も他の仲間たちのようにあたたかい家に住みたいんです。
それに私にも、友達がいます。その友達を家に招いて一緒にお茶を飲んでお菓子を食べながらおしゃべりするのが私の夢なんです。どうでしょう。私の家を作っていただけませんか?」
小鳥の話しをじっと聴いていたたろうおじさんは、この小鳥のためになんとかして家を作ってあげたいと思いました。
「ようし、わかった。待ってろ。おまえのために丈夫で素敵な家を作ってやる。」
小鳥は小さな鈴が一斉にりりりりり…と鳴る様な声で「ありがとうございます。ようたろうさん、どうぞよろしくお願いします。」と言いました。嬉しそうに羽をパタパタさせ、しばらくようたろうおじさんの周りを飛び回りながら、おじさんが窓を少し開けると、その隙間からすっと飛び出し、あっという間に夜の中に消えていきました。
次の日から、たろうおじさんは小鳥のおうちをどうやって作るか考えました。
「あの小鳥の仲間たちはすすきとすすきの間に丸い巣を作っているのか…。よーし、それならおれもすすきを使って作ってみよう!」
たろうおじさんの頭の中では、もうすでに小鳥のおうちのイメージが湧いていました。こうして小さな小さな小鳥のために、小さな小さなおうちを作り始めました。
…そして、とうとう小鳥のおうちが出来上がりました。
たろうおじさんは柿の木の下に行って「おーい、小鳥?、おまえのうち、できたぞー。今夜おれの家に来いよー。」
その夜、たろうおじさんが耳を澄ましていると、コツコツコツ、と小さな音がまた聞こえました。窓を開けると、あの小鳥がちょこっと入って来ました。
「これがおまえのおうちだよ。どうだい?」とたろうおじさんはワクワクしながら小鳥におうちを見せました。それは、とてもすてきなおうちでした。
三角屋根で、まるで木をしっかり組み合わせて出来たようなおうちでした。
おまけに三角屋根のてっぺんをすすきからつるしてあり、風が吹くたびにゆらゆら揺れるのです。そして、すすきの茎には途中、立派なはしごもついてありました。
小鳥は「たろうさん、たろうさん、とても素敵な家です。私にぴったりの家です。そしてなんて丈夫なんでしょう。」と早口で話しながら、何度も家の中に入っては出て、入っては出てを繰り返しました。
「たろうさん、ありがとうございます。これであたたかい冬を過ごせます。友達もお茶に呼べます。ありがとうございます。ありがとうございます。」
たろうおじさんも喜ぶ小鳥の姿を見て、うれしくてにっこりしました。「さて、どうやってこの家をおまえの住んでいる所まで運ぶかなあ?」とおじさんが小鳥の家を眺めてから、小鳥の方を見ると ? 小鳥はもうそこにはいませんでした。
「あれえ、小鳥、どこへ行った?」たろうおじさんは辺りを見回しながらつぶやきました。「おれ、夢を見てたんじゃないよなあ。」
次の朝、たろうおじさんが目を覚ましてみると、小鳥のために作った家がなくなっていました。「きっと、友達つれて来てみんなで運んだのかな。」たろうおじさんはその様子を想像して、にこっと笑いました。
それから少し経ったある日、たろうおじさんのポストに小さな小さな小包が届きました。浅葱色の紙で包んであり、きれいな緑色のリボンで結んでありました。見慣れない字で「たろうさんへ」とだけ書かれてありました。
「誰からだろう?」たろうおじさんは小包をそうっと開けました。すると、中には、小さな小さな丸い焼き菓子がぎっしり詰まった袋と、一枚の地図、そして手紙が入っていました。
「たろうさんへ。
せんじつは、わたしのためにすてきなおうちをつくってくださってありがとうございました。まいにちとてもしあわせなきもちでせいかつしています。
さっそくともだちもよんで、おちゃをいっしょにのみました。
あたらしいいえで、さっそくおれいにおかしをやきました。
くわのみのじゃむとやまぶどうのじゃむをいれてやきました。
ぜひたべてください。
そしておいしいやまのものがたくさんとれるひみつのちずもさしあげます。
あけびもやまぶどうもみずもきのこもたくさんはえているばしょがかいてあります。そうっといってみてください。ほんとうにありがとうございました。おげんきで。 ことり」
手紙はつる草のようなくるくるっと丸まった文字で、でもとてもていねいに書かれてありました。
ようたろうおじさんは、焼き菓子を一つ口に入れました。「ほうー、うまいなあ。」ようたろうおじさんは、くわの木に登って甘い甘いくわの実をたくさん口にほおばった時の思い出で胸がいっぱいになりました。
もう一口ほおばると、今度はやまぶどうの実の思い出がふわーっと広がりました。小さいけれど、とてもおいしい焼き菓子でした。
秘密の地図には、山で採れる美味しいもの場所がきれいな色で書かれてありました。
たろうおじさんが一度も行ったことがない場所や、知らずに通り過ぎていた場所もありました。「へえ、あの小鳥はこんなに色々知っていたんだなあ。」ようたろうおじさんは感心しました。
「ようし、春が来たら早速この秘密の地図を使って山へ行ってみよう。」
その夜、ようたろうおじさんは夢の中で、小鳥のおうちを訪ねて、小鳥や友達と一緒にお茶を飲んでお菓子を食べながらずうっと、ずうっとおしゃべりしていました。
もうすぐこの村でも、春の足音が聞こえてきます。
作 ゆうこ